ゆめのないこども

 「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と言うように、夢を見過ぎるのもどうかとは思う。だけど全く夢が無いのも考え物かもしれないと、今では少し思うようになった。そんな私には夢が無い。保育園の卒業文集には本屋になりたい旨が書いてあったが、それは単純に「本屋は本が沢山読めるから」という思い込みによるものであり、全部読めるものなら読んでみやがれと言わんばかりに大量の本がある「図書室」という存在を小学校で知ると、そのような夢はすっかり雲散霧消してしまった。

 しかし夢の有無などお構いなしに夢を語らなくてはならない時がある。先にも書いたような、卒業文集(アルバム)がそれだ。小学校でのお題は「20年後の自分」だったか何かで、私はそこに「どこかの店の店員」とだけ書いた。「スポーツ選手」「社長」「お金持ち」「歌手」「お菓子屋さん」など周囲が非常に子供らしい夢を書いている中、将来の夢や希望など皆無だった私は何を書くべきか考えあぐね、何も思い付かないまま時間切れとなり、苦し紛れに「店員」と書いたのだ。恐らくは平々凡々な人生を歩む事を想定したのだろう。悪い未来を想像するよりはマシかもしれないが、特に夢も希望も無いまま成長し、結果的に自分の予測は当たる事になった。当たっても嬉しくない未来予想図、だが目標が無ければそれなりにしか生きられないのは当然だろう。

 正確に言えば、まともな夢が少しは芽生えた時もあった。「大学で生物学の類を学びたい」というものだったが、頭脳が残念過ぎたため地元の国公立(旧帝大)には入れず、県外も通える範囲のみしか許されず、私大なんぞ当然ながら許されなかった。しばらくは浪人しながらバイトをして生活していたが、最終的には諦めてしまった。

 別に「夢が無い」という事は珍しいわけでもない。だけど何故自分には夢や希望が無いのだろうと、ふと考えたりもする。「ああなりたい」という憧憬よりも「ああなりたくない」という忌避的な感情を持つ事が子供の頃から多かったのも原因なんだろうか。「兄みたいになりたくない」「父みたいになりたくない」「母みたいになりたくない」、そんな身内が反面教師になる経験が多かった。子供らしくそれなりに伸び伸びと暮らしていても、どこか萎縮していて、おかしな部分があったように思う。その辺は追々。

 

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