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おとなしいこども

 とりあえず手当たり次第に幼い頃の話をしてみる。すごく大人しくて手が掛からなかった、らしい。駄々を捏ねる事も無く、欲しい物を訊かれても首を横に振り、親類などからお年玉や小遣いを貰っても素直に親に渡す。そして当然ながらお金は戻ってこない。ふと、大人になってから渡したお金の件について訊いてみたら「あーそんなの使った使った」なんて、あっけらかんと言われた。昭和という時代だったからなのか、いやそれは違うだろう。子供のために貯めておこうなんて考える親ではなかったのだ。お金の管理の仕方など全く教えてもらわなかったので、自分の口座を作ったのは成人してからだった。

 話が逸れてしまったが、要は自己主張に欠ける子供だったという事だ。一応母に確認してみたが、私には反抗期というものが無かったらしい。幼児の頃も大人しかったし、中学生くらいの頃も大人しかった。「反抗期」という言葉を知ったのは世間一般的な反抗期である年頃をかなり過ぎてから、というよりも「反抗」という言葉自体が子供の頃の私には存在しておらず、どうしても嫌なら主張するのではなく別の方法でどうにか回避するようにしていた。空気を読むというよりは空気みたいな存在になりがちで、目立たず大人しく時にイジメられるような子供だった。泣き虫で弱虫で、小心者。運動音痴。

 今こうして書いていて思う、もう少しマシな自己評価は無いのか。客観的に見れば恐らく過小評価が過ぎているのだろうという自覚はある。だが自分ではどのように上方修正すれば良いのか全く分からない。どうしたら己を良く評価が出来るのだろう。いつからそんな風になったのかと思い返してみても、昔からずっとそうだった気がする。中学か高校かで自分の長所短所を書く機会があり、短所はスラスラ出てくるのに長所は思い付かず、考えあぐねて最終的には適当な事を書いていた記憶がある。

 以上をまとめると、「自己主張に欠ける大人しくて自信の無い子供」だったという事になる。もちろん、笑ったり楽しく遊んでいた記憶も沢山あるので、基本的には「ちょっと大人しい、どこにでもいるような普通の子供」だったんだろう。何も無ければ平々凡々な穏やかな日々を過ごせていたと思う。問題は何か事が起きた時なんだが、それはまた別の機会にて。