「記憶」という名の掃き溜め

 前回の話がブログを作るきっかけとなったもの。本当にカッとなって作ったので、現在はトーンダウンしている。はてどうしたものか。前回の最後に書いたとおり人生でも振り返ってみるべきか。とはいえ数十年前の記憶を掘り起こすのも大変だというか、思い出せないものは思い出せないのでどうにもならない。そういう意味では思い出せるエピソードというのは良いものも悪いものも相当印象に残っているのが多いという事だろうなぁ。もちろん何でもない普通の日常も断片的には出てくるのだけれども、かなり少ない。

 とはいえ人間の記憶など遠い記憶になればなるほど曖昧でいい加減で、都合の良いように改竄されたりする事もあるらしい。そう考えると、過去を振り返っても無駄な気がしてくる。きっと母に関する悪い思い出ばかりがピックアップされ、しかもその記憶は正確かと問われればYESと答える自信など無いとなると、何を信じて良いのか分からなくなる。何もそこまで極端に考えるまでもないが、記憶違いは普通に起こるものだ。だから無理に記憶を掘り起こすなんて事などせず、ふと湧き上がってきた古い記憶をぼんやりと眺め、誰に話すでもなく、ノスタルジーに浸るくらいに留めておくのが良いのかもしれない。

 もしこれが「母が許せない! 断罪! 断罪!」というものであれば、今すぐブログを消した方が良いだろう。正確であると断言出来ない記憶だけを基に断罪など、土台無理な話だ。でも違う。私は母が許せないわけでもなく断罪したいわけでもない。ただ、現在の鬱屈した自分を浄化したい。そして今抱えているストレスをどこかへ流してしまいたいだけなんだ。そのためには掃き溜めに澱んでいる記憶の数々を一掃する必要がある。正しかろうが正しくなかろうが掬い上げて、全て焚き上げてしまおう。そう思ったのだ。